謳歌列伝
1話 不思議な出来事
「おはよう。」
「おはよう。」
そんな声が飛びかう中、僕はいつも通り自分の教室に向かった。いつもより騒がしかった。
「うわっ! オオスズメバチだ!!」
「きゃあああ!!!」
「わあっ! こっちに来んなっ!!」
ほんとだ。5cmくらいのオオスズメバチが、教室中をブンブン飛び回ってる。それが、急に僕のほうに向かってきた!
「うわっ!!」
僕は寸でのところで回避した。危ないところだった……。オオスズメバチに刺されたらひとたまりもない。……と思っていたら……またハチが飛んできた!
「うっ……。」
今度も寸でのところで回避した。はあ。危ない危ない……。
そうこうしているうちに、窓際に座っていた谷間がハチを外に出してくれた。とりあえずは助かった。あのままじゃ、気になって授業になりゃしない。
「オーッス! 謳歌(おうか)っ。」
自分の席に着いたところで、ボサボサ頭の男の子が僕を呼び止めた。
「あ、太一。おはよう。」
僕はそう答えながら、席に付いた。
太一は、僕のすぐ前の席に、僕の机にひじを付くようにして座りながら……。
「宿題やってきたか?」
「宿題? うん、やってきたけど……。」
このパターン……。まさか……。
「俺忘れちゃってさァ。ノート写させてくれないか?」
やっぱり。そんなことだろうと思った……。
「どうせ、今日もわざとやらなかったんだろ。」
「まさか! 今日は偶々だよ。」
毎度、毎度このパターン……。
「そんなこと言って〜、いつもそうじゃないか。」
「まぁまぁ。そう固いことゆーなよ。」
いつもの笑顔……。
「まぁ、いいけどさぁ。」
僕はいつもあの笑顔には敵わない。何でも許してしまう。太一の笑顔は憎めないんだ。
僕は仕方なく、カバンから数学のノートを取り出した。
「サンキュー♪」
太一はそれを受け取り、上機嫌で自分の席に戻っていった。調子いいんだから……。
ふと、僕は窓の外を見た。さっきのハチがまだ飛び回ってる。あれ? あれは何だろう? ハチの他に、何か白い、見慣れないもの(オオスズメバチもだけど……)が飛んでる。あれは……ハト? でも、その上に乗ってるのは何だろう? 人みたいだけど……人にしては小さすぎるし……。
結局、僕はハチが居なくなっても、授業には集中できなかった。
今日もなんとか学校が終わった。オオスズメバチ事件はあったけれど、幸い被害者は出なかったし、一件落着。あの変なものもいつの間にか居なくなってたし……一体なんだったんだろう……? そんなことを考えながら、僕は家路を帰った。
途中、寄り道をした。……と言っても、これは毎日のこと。家にはあまり帰りたくないんだ……。
後ろから何かの気配を感じて振り返ってみたけど、誰もいない。……気のせいか……。
「……ただいま。」
家に着くともう夕食の時間で、みんな茶の間に集まっていた。おじいちゃんとおばあちゃんは座ってたけど、伯母さんとお母さんはまだ夕食の準備をしていた。
「全く、いいご身分だこと。今まで遊び歩いてて、帰ってきたころにはご飯ができてるんだから……。」
キッチンに行く途中で、伯母さんが聞こえよがしに言った。
僕が帰りたくないのは「これ」なんだ……。お父さんは僕が3歳のときに死んじゃったし、お母さんは体が弱いから働くこともできなくて、ここに居候(いそうろう)してるんだ。こう見えても、僕は僕でけっこう気を使ってるんだ。僕がまだ寄り道してなかったころだって……。
――あーあ、もう帰ってきちゃったの。もう少しゆっくり帰ってくればいいのに……。
どっちにしろ伯母さんはいろいろ言うんだ。でも、母さんだけは僕の見方だ。
「気にしなくていいのよ。あなたは自分のことだけ考えてればいいの。伯母さんのお手伝いはお母さんがするから……。」
母さんは体は弱いけど、家事を手伝うくらいならできるんだ。だから、僕は母さんのために一生懸命勉強する。そしていい高校、いい大学、いい会社に入って、いつか母さんを楽させてやるんだ!!
僕は手早く食事を済ませると、2階の自分の部屋――と言っても、母さんと共有なんだけど――に逃げた。
母さんはいつも、僕の邪魔をしまいと、できるだけ席をはずしてくれてる。でも僕にしてみれば、できるだけ側にいてくれたほうが安心するんだけどね。……だって……ここだけの話、1日中、あんな伯母さんの側に居るなんて、母さんがかわいそうだよ……。
次の日――。
「おはよう。」
「おはよー。」
僕が生徒ホールに着くと、またオオスズメバチと……なんと、あの変なものが飛んでいた! ふう……。また、僕の教室に入って来なきゃいいけど。そう思いながらくつ箱に向かっていると、後ろから冷たい男の人の声がした。
「おい! そこの坊主。その様子だと、まだ気づいてないようだなぁ。」
不審に思って振り向くと、銀髪の背の高い……高校生くらいのお兄さんが立っていた。今の時代には珍しく白い着物を着ている。お兄さんは研ぎ澄まされた茶色い目で、まっすぐ僕を見据えた。
「ぼ、僕!?」
僕は驚いて聞き返した。
「……他に誰が居る。」
いつの間にか、周りには誰も居なくなっていて、僕とお兄さんの2人きりになっていた。
僕は不安な気持ちでいっぱいだった……。
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